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	<title>Lügenlernen &#187; 本</title>
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	<description>人間万事塞翁が馬</description>
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		<title>横光利一｢上海｣と大陸浪人</title>
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		<pubDate>Fri, 27 Mar 2009 00:03:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kodo</dc:creator>
				<category><![CDATA[ベルリン]]></category>
		<category><![CDATA[日本文学]]></category>
		<category><![CDATA[本]]></category>

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		<description><![CDATA[ここ数年程ずっと読みたい本のリストにはいっていたのだけれど、最近、岩波文庫緑版の昭和初期文学復刻再刊の流れで装いをあらたに書店に並んでいるのを、今年年始日本に帰っている折に発見、この最近のひきこもりさん生活の中でようやく読了した。 しかし、ここ数年かつてほど昭和の初期の文学に食指が動かなかったけれど、最近読んだ小説の中でもダントツでおもしろかった。大正から昭和初期にかけての新感覚派の代表的な存在であった横光ではあったが、今では、彼の同時代人であった太宰や安吾や川端康成などとくらべるとやはり影はうすいしそれほど人気であるとは思わない。 こうした大都会を舞台にした小説は、アルフレート・デーブリン「ベルリン・アレクサンダー広場」、ヘルマン・ブロッホ「夢遊の人々」、アンドレイ・ベールイ「ペテルブルク」、フランスやチェコのシュールレアリストたちの作品など（後者は最近の小生の中では大ブーム）ともに、形式は様々だが、この時代に多く書かれた。つまり世界同時的な流行のひとつだったといってもよいだろう。 そして、「５・３０事件」という当時の歴史的事実や1930年代の上海がかもしだすある種のエキゾチズムを背景に、上海をさすらう三人の日本人の男たちの目を通して多角的に語られるこの横光の上海という街とその時代はまさにカオスの渦。様々な政治的思惑が渦巻く上海の露地をかけめぐるスピード感あるストーリー展開は実に刺激的でもある。なによりも横光の言語感覚は実に映像的だ。例えば、主人公の愛人のお杉がつとめていたトルコ風呂を首になって上海の露地から露地を流れあるく場面はアンゲロプロスとかタルコフスキーの映画の一情景を思い浮かべてしまう。 「・・・彼女は露地を出ると、舗道に閉め出された黄包車の車輪の傍を通り、また露地の中に這入っていった。露地の中には、霧にからまった円い柱が並んでいた。暗い中から、耳輪の脱れかかった老婆が咳をしながら歩いて来た。お杉は柱の数を算えるように、泣いては停り、泣いては停った。彼女は露地を抜けると裏街をながれている泥溝に添ってまた歩いた。泥溝の水面には真っ黒な泡がぶくりぶくりと上っていた。その泥溝を包んだ漆喰の剝げかかった横腹で、青みどろが静に水面の油を舐めていた。」（「上海」岩波文庫版４３ページ） ところで、当時は、「大陸浪人」という言葉に代表されるように、日本から大陸へとぶらりとわたって放浪って一攫千金もしくは大アジア主義先兵になるなんてことが流行った時代でもあった。当時、大日本帝国がすすめていた大陸政策のおかげもあったが、昭和初期の恐慌で職にあぶれたりあるいはボンボンで暇を持て余したような若者が刺激をもとめて、満州や租界のある上海、香港、あるいは青島や大連など、果てはその彼方へと数多く渡っていった。この小説に登場する３人の日本人も厳密には定職があるという設定なので「大陸浪人」ではないが（一人はその途中で職を失い文字通り「浪人」になるが）、その末端に属していたことは間違いない。 そして、中には当地の日本人租界や満州などで、日本軍部、中国国民党、共産党、あるいは欧州列強の間の闇社会で暗躍した若者たちも多くいた。そして、戦後日本経済界や裏社会で暗躍したようなフィクサーとかいわれる大物の中でそうした大陸での「浪人」経歴を経ているものは数知れない。 小生の母方の曾祖父の一人もそうした大陸浪人の末端の一人だったようで、先日祖父とマカオを訪問した際、そういやあ俺の親父は若いころ大陸で浪人してたってなあ、俺の腹違いもこの大陸のどこかにまだおるらしいでえ、というまさに衝撃の事実（笑）をうちあけられた。 そうした中国大陸でぶらぶら浪人なんてことは、終戦後、そして冷戦期には完全に不可能なことであったわけだ。いまでこそ、かつての外国人租界のあった街は、改革開放の流れもあって経済的にはうるおっているのだろうけれど、そうした日本列島からの「大陸浪人」がたちが暗躍した時代、もしくは、ヨーロッパ各国が租界をおいていた時代、それは中国人にとって忌々しい記憶であり時代であったのだろうが、それとはまた別の雰囲気なのだろうが（その点で岩波文庫版の巻末の唐亜明によるエッセイは興味深い）。 最近では、昭和や大正時代の東京を舞台にした映画やドラマの撮影は上海でよくおこなわれるそうな。すくなくとも、日本にはもうあまり残っていないようなその時代の雰囲気を今の街角に留めているのだろう（例えば、大阪ミナミの飛田新地はあの時代の雰囲気が未だに残っているが、まあ、あそこで映画撮影は・・・無理だな）。だからといって、横光の「上海」は、そうしったかつての多言語多文化空間としてのよき時代のきらびやかな上海のみを今にノスタルジックに見いださせたりはしない。なによりも、いまも恐らくたいしてかわらないだろう、雑然としたゴミの掃き溜めのような、あたかも外部を拒むような、そしてはいったら最後出てくる事もできないような迷宮のような露地こそがこの小説の舞台であるし、そんな泥沼にはまりこんでいった当時の「大陸浪人」たちの運命も大陸での理想も、その後の大日本帝国の大陸での末路を暗示するかのように、その時代の行き詰まり感を反映したかのようにニヒルに袋小路へと追い込まれていったところで、この小説は幕を閉じる。この解決のなさ。やはり、上海という街のどろどろした底なしの内部とこの小説のいたるところで表現されているこのぬんめり湿り気のある生の感覚は、やはり横光の言語表現の巧みさにもよるだろう。 とここまで書いてふと思ったのだけれど、ベルリンというのは、今や世界中に数少ない「浪人」出来る場所のひとつではなかろうか。だからこそ、世界中からこれだけの「浪人」願望の若者たちをひきつけるのだろう。ということは小生も現在における「大陸浪人」の末端にて（祖父の言っている事が本当なら文字通り）末裔ということか。いやおいどんは「大陸」でもシベリアをも越えて遥々「伯林浪人」たい。 というわけで、これからも伯林にてますます暗躍していくことにいたします。というわけでまた自戒たい。]]></description>
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		<title>Fuck off, Amerika! 　　エドゥアルド・リモーノフ</title>
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		<pubDate>Wed, 25 Mar 2009 22:13:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kodo</dc:creator>
				<category><![CDATA[ベルリン]]></category>
		<category><![CDATA[ロシア]]></category>
		<category><![CDATA[本]]></category>
		<category><![CDATA[演劇]]></category>

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		<description><![CDATA[リモーノフ近影 一年程前、４月上旬、ベルリンはローザ･ルクセンブルク広場Rosa-Luxemburg-PlatzのフォルクスビューネVolksbuehneで、Fuck off, Amerika（エドゥアルド・リモーノフEduard Limonowが1979年に書いた自伝Fuck off, Amerika、原題«Это я, Эдичка　エタ、ヤー。エジーチカ。»（ロシア語あるいはドイツ語でよみたい強者は次のリンクから作品リストの一番下にあるリンクよりダウンロード可能、ロシア人はこういう事を平気でしおるから信じられん）をもとにフランク・カストルフFrank Castorfが演出）をみたのだが、今日はこの演劇とこの原作者リモーノフにまつわるお話。ちなみに、邦題は「俺じゃ、エディーじゃあ」にしておこう、ちなみに小生の尊敬するロシアもといポーランド文学者のひとりである沼野充義御大は「おれはエージチカ」と訳しておいででしたが。作品の詳細は沼野御大の解説を御覧あれ。 この演劇がネタにするのは、当時のソ連で、人民の敵扱いされ、半ば追放される形で、自由の国アメリカにきた、かなり自意識過剰な「俺様」のお話、つまり、リモーノフの、おそらくフィクションも多分に混ざった半自伝。自由の国「あめーりか」にやってきたものの、ここのものはなにからなにまで自分にあわないし、ろくな仕事はないし、故郷ではちょいとアングラなシーンで有名になりかけて女の子にももてもてだった新進作家でも、自由の国「あめーりか」では全くの無名で誰にも興味もはらってもらえず、敵国ソ連から野良犬のようにやってきたただの一亡命者でしかなく、アメリカでは誰も文学なんか読みやしない現実にとほほなありさまで、一方で、当地のロシア人コミュニティーの中でも、なんじゃあいつは、と際物変人扱いで、亡命して自由を満喫する予定だったのだけれど、結局、現実は全くの逆で、故郷にもかえれず、亡命したアメリ カを故郷とみなすことなんか到底できっこなく、どんづまりの状況でしかなくて、やっぱり、英語もろくずっぽ話せないで、似たような境遇の他の亡命者たち と、真昼間から酔っ払うしかなく、そんでもって、故郷からつれてきた美人の嫁さんにも逃げられるわ、やけになって、黒人の野郎と寝てしまう、てな感じ。 めっちゃパンクなおっさんやねんけど（Wikipediaより引用） 20世紀は、特に、戦間期から第二次大戦後にかけて、かつてなかったほどの地球的な規模で、人、物、政治、文化をめぐるあらゆる状況がシャッフルされて、その中で、大量の移民の波や亡命者の群れを生んでいった世紀だった。この大量の移民や亡命者の群れの中から、当然のごとく、亡命者文学、というジャンル付けされるほど（ていうかそんな定義はあるのか？）の多くの、亡命者たちによる文学がうみだされてきたが、ソ連からも、例に漏れず、政治的理由で祖国を追われた作家たちが、数々の作品が生残している。そのようなソ連を追われたロシア人作家のうちにリモーノフももちろん数えられるのだが、そんな作家の中にもやっぱりいろいろいる。その中で有名なのは、たとえば、ノーベル賞を受賞したソルジェニーチンやブロツキーだろうけれど、リモーノフはこの二人ともやはり違う。 前者は、彼らが亡命に追い込まれる前に、すでにソ連でも指折りの作家、あるいは教養人として扱われていた。だからこそ、後にノーベル賞を受賞するほど、亡命後、国際的な名声を得ることができたのだけれど、リモーノフは、亡命する以前、やはりそういう「作家先生」ではなかった。彼が明らかにしているとおり、リモーノフは本当の無産階級（いつの言葉だ？）出身で、餓鬼んちょのころは盗みや空き巣を繰り返して生きていたとかで、繰り返し豚箱ぶち込まれて出てはの繰り返してから、作家活動を開始したとかで、作家になるまでの過程だけをみるなら、まったくジャン・ジュネのようなのだけれど、当時のソ連は、そういうろくでなしに対して、寛容な場所なわけもなく、半ば追放されるようにアメリカへの亡命に追い込まれるのだが、こうしてアメリカにやってきた直後は、彼が書いたこの半自伝にあるとおり、相当自堕落な生活をおくっていたらしい。 ドイツ語版「エタ、ヤー。エジーチカ。」 Eduard Limonow: Fuck off, Amerika; Kiepenheuer &#38; Witsch ところが、79年にアメリカで出版されたこのЭто я, Эдичка（「俺じゃ、エディーじゃあ」、ドイツ語では「Fuck off, Amerika」で出版されている）がヒットすると、世界中で瞬く間に翻訳されて、彼自身世界的に有名になる。ちなみに、日本語ではいまだにリモーノフの作品は出版されていないのだが、沼野御大が「徹夜の塊 亡命文学論」（作品社）でリモーノフの作品をふくめたその時代のロシア人の亡命文学について詳細に書いておられるので、興味のあるかたは当書を御覧あれ。 ところが、リモーノフは、ペレストロイカの後、ソ連が崩壊すると、とっととモスクワに帰ってしまう。そこで彼は国家ボリシェビキ党Национал-большевистская партияなる、という要するにソ連のネオナチ組織をつくって、「毎日が冒険の現実へ御招待」みたいなことをほざいて、極右のかなりパンクな作家先生として名をはせることに。しかも、爆発物違法所持みないな容疑で、最近まで3年近く刑務所にほうりこまれていたらしい。政治的には反プーチンの一連の流れにずっと組している。2005年には「リモーノフ対プーチン、こんな大統領なんぞ、俺らには必要ねえ」とかいうエッセーも書いている。 まあ、彼の原作を読めばわかるのだけれど、彼の作品には、そんな状況をわらいとばすほど自らを戯画化して自伝にしてしまう滑稽さと奇妙さが同居している。しかし、リモーノフのこの作品に特有なのは、ただ故郷へのノスタルジアを哀愁をこめて語るという手段にはうったえず、ロシアも アメリカもどっちもくそったれだ、といういってはばからないところだ。そうして、自らを意図的に袋小路へと、「日常」の淵へと、追い詰める。そうすることに よって、作品自らに唯一無二の強度を付与しようとするのだが、同時にそこに垣間見るのは、そう書かざるをえなかった、リモーノフ、作家自身のどうしようもない弱さである。社会の袋小路にぎりぎりに追い込まれた自らを道化とみなして戯画化することで、逆説的に文学作品としての強度を作品自体に与えることはこうして可能になるけれど、同時に自らを道化とみなすことそのこと自体についてふれるということ、このことは、自らのどうしようもなさ、弱さ、そして、この作品にあるのは、故郷ロシアを遠くはなれて、希望を抱いてやってきた「自由の国あみぇーりか」でのくそったれた生活の中では、いくばくかましであったはずの、かつての故郷での時間も遥か彼方のことであって、もうほとんど取り返しのつかないという状態にあるという、どうしようもない底なしの悲しみと、時には、絶望と隣り合わせであると いうこと以外にはやはりありえない。 とはいえ、帰国後のパンクな極右と化したリモーノフをみていると、また、カストルフによって、そんなノスタルジーなど表面的には感じさせないほど異化されまくった舞台をみていると、僕がいっていること自体が少しあほらしくなったりもするんやが、ところが、僕がフォルクスビューネで見たカストルフ演出の演劇の最後のシーンをみて、少し笑えなくなってしまった。その最後のシーン。 宇宙船らしきカプセル、昔ドラゴンボールにでてきたようなタイムマシーンのようなカプセルに主人公が無理やり乗せられて、ピカピカ光るカプセル宇宙船のような物体の中で、うぎゃー、と絶叫して舞台に幕、それで、暗転した舞台の中で、カプセルがピカピカ光ってて、こちらは思わず大爆笑してしまった。とはい え、これは後から思ったのだけれど、実際にはまったく笑えない話だ。というのは、こうやって、宇宙以外にこんなちっぽけなカプセルに乗せられて飛んでいく以外にいくところが俺にはねえんだ、といってるようなもので、これは究極の自己戯画、イロニーの極地。 そういう意味では、ソ連崩壊後のロシアに帰還したあとのリモーノフも、こういう滑稽さを超越して、こうやって、どこかへとんでいきかねない過激さは相変わらずなのだろう。よくよく考えれば、冷戦後の、特に90年代のロシアという場所は、特にソヴィエト崩壊後のあの混乱の中では、僕ら西側世界の人間にとってみれば、ソ連時代にまして、かなりくそったれた世界だったわけで（今でもかつての西側の人々はそう思っていることだろう）、仮にアメリカがリモーノフにとって、Fuck offといいたくなるような場所であったとしても、作家として名を成した今や、望めば安堵としていられたはずのアメリカという「パラダイス」をあえて飛び 出していくということは、フォルクスビューネのカストルフの演出の中の最後のシーンのように、それこそ漆黒の宇宙ヘ、「毎日が冒険」であるような世界へ飛び出していくこと、一方で、再び毎日がくそったれた世界への帰還以外にやはりありえないはずなのだ。実際、90年代のロシアが、そして現在のロシアがどういうところかということを、僕ら、西側世界の側から想像すれば、さもありなん、リモーノフ自身も、アメリカもロシアも似たり寄ったりのくそったれた場所だ、ということを自伝の中でも繰り返している。 そんななかで、ナショナル・ボルシェビキなるネオナチまがいの時代錯誤を行うこと自体は、もちろん、僕らの目には破格にうつるけれど、それは「毎日が冒険」であるようなソヴィエト連邦崩壊直後のロシアという「日常」ならぬ「非日常」ような場所を生き抜くためのごく自然な知恵であり戦略のひとつであったはずなのだ。 でも、今のロシアが行き着こうとする状況を目をやれば、プーチンあるいは形だけのポストプーチン体制の現在のロシアには、やはり、そこで彼らの彼らなりの破格さを永久永劫保障してくれる「非日常」などはやはりない。それどころか、クソだといいつつも、長い間恋焦がれて、やっとのことで帰り着いた祖国で、よりによってかつてのソ連時代のような半鎖国状態へと逆戻りしつつあるようなロシアで、三度際物扱いされるどころか、反社会的反国家的として非合法化（リモーノフの国家ボリシェヴィキ党はロシアで ももちろん非合法）されてしまう現実が、彼らの破格さ、今にも世界の外へと飛び出していきかねない過激さとそして、どこの現実と日常にも属することのでき ない根無し草な様、を逆説的に語ることになる。リモーノフが逆説的に焦がれるような「非日常」なるパラダイスなんてものは、どこにもない。 自らを滑稽な道化として表現することは、時には、どうすることもできない哀愁さをおびるし、やはり、自らがどこに属することのできないという悲しみやどこかへ自らが帰り行けるような場所への憧憬をどこかにちらつかせることになるのだけれど、どこへいっても、アウトサイダー扱いされてしまうというこの現実、しかし、平凡な「日常」を生き延びる上で、アウトサイダーたることを戦略的に選び取ろうとすることは、究極の選択肢としては存在する。僕らは時に、その平凡な「日常」に我慢ならないときもあるわけだから。だが、そこで根無し草であろうとすること、あるいは、アウトサイダーたることを戦略的に選び取って、社会から際物の烙印を押されることになる現実に耐えうるには相当の強度が自らに要求されることになることを忘れてはいけな い。そんなことは誰にでもできるというものではない。むしろ、そんなことを選び取っても無為にすぎるような「世界」にいるし、そうした「日常」から逃れる すべなどはほとんどないに等しいのだ。それについて語ろうとした文学作品はいくらでもある、サドにはじまって、ロートレアモン、セリーヌ、ゴンブローヴィッチ、ヘンリー・ミラー、ジュネ、バロウズ、トーマス・ベルンハルトなどなど。しかし、そんなことを現実に試せるわけではない。彼らの語る事柄は、やはりフィクションであり、文学作品なのだ。 それでも、それは、いままで語ってきたような本来自らが所属すべき共同体や社会に対するノスタルジーなる感情を、そして、さらにそれを乗り越えるための自己戯画とそこに現れる弱さなるものを逆説的にさらに乗り越えていこうとするような力業なのだろう、それは、この「世界」を生き延びる上でのひとつの究極的な戦略であるともいえるだろう。ヴィトゲンシュタインが、「論理哲学論考」執筆後の長きにわたる沈黙を破って、1928年のケンブリッチでの倫理学講義で語ったような、この僕らの日常を支配する倫理や言語、すなわち、「世界の限界である『壁』に限りなくぶつかり続けること」と比較しえるような様、むしろ、ヴィトゲンシュタインがいうよりもよりラディカルな様なのかもしれない。ヴィトゲンシュタインは、 むしろ、そこでは、常にその壁の前でためらっているようにもみえる。 こうしてみずからを道化として振舞わせるさまやFuck off！とわめき散らす様は一見軽そうに滑稽にうつる。しかし、それは、見かけとは逆にとてつもなく重いのだ、その個々人の、常に「壁」に跳ね返されてしま うような存在の軽さと比較して。それは、「存在の耐えられない軽さ」を語る、あのフランス人になってしまった生まれはモラヴィアの旧チェコスロヴァキア出身の作家の身振りとは、比較の仕様がないほど重い。（つまり小生はこの作家の文学的コンセプトはともかく亡命以後の作品と人物そのものは好きではない。） [...]]]></description>
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		<title>中断と空白を恐れることなかれ</title>
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		<pubDate>Sun, 22 Feb 2009 10:57:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kodo</dc:creator>
				<category><![CDATA[思想／哲学]]></category>
		<category><![CDATA[本]]></category>

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		<description><![CDATA[今ぽっと頭の中にひらめいたのだが、何も書かないということを書くことは可能だろうか。 書くという行為のみが示しえることは、実際は何も新規なものは書いてないということ.。その前提によってのみによって世界の描写ははじめて可能になる。 少なくとも、結論から言えば、すでに書かれていることを、記憶の古層の下に埋もれた化石を拾い出す作業こそが、今書くことということを動機づけることの最大の理由の一つであると私は確信している。 今ここで、我々に課せられた使命について述べよう。 それは、つぎからつぎへと転送されてくる紙にしるされている。その紙には、次の事柄がおおざっぱに書き記されている。それを受け取り読んだものはすぐさまその紙を燃やすべし、そう義務づけられている、と。その紙は、「つぎからつぎへと燃やすべし」とかかれた掲示板の上に次々とはりつけられる、要はこれが永久永劫くりかえされる。この紙がかかれるということは、すでにそれを書いてる、もしくは書き得るという、他者が存在している。そのことによって、私ははじめて紙へとその義務を書き記した他者とつながり得る。 その転送された紙、メモ、は矢継ぎ早にと焼却場へともたらされる、そして、そこに書かれた事柄を読み取り、その義務を再三確認した上で、すぐさま、私はそれを火にくべなくてはならない。その書かれていることを読んだ上で焼却することも、義務ずけられている。ここでその私は、その紙に書かれたことを、受け取って、読むことで、あたかも、その書かれた義務を、自分にのみもたらされた事柄と考えるかもしれない。そして、その紙を火にくべるということ、義務を遂行することによって、その紙はここで灰と化す。 だが、義務が書かれた紙は次から次へと到来する。果たしてその体験をここに描写することは可能であろうか。読んで燃やすべし、という体験のみを。この義務の遂行は、ただ紙を燃やすということにある。 書かれたことを燃やすというメタファーについて考えてみよう。ただ次の点においてのみ。燃やすことによって書かれた義務は遂行されると同時にその燃やすことが永久永劫くりかえされることにより義務は義務として完遂されるということ。紙にかかれたこと、その転送によってもたらされることは常に同じ「義務」のみ。 だが、いつしか、そこに、「つぎからつぎへと燃やすべし」とかかれた以外の紙も紛れ込む可能性もある。「これが最後の紙」とでも。 だが、それはあえない空想にすぎない。 私に与えられているのは、その転送されてきた紙を火にくべることのみ。 この義務が与えられていること、この事実のみが義務の最大の根拠である。 義務は、私の眼前に義務としてあらわれない。 この義務を与えた者の似姿を描きだすこと。だが、それは無意味である。 したがってここで唯一描写しえる体験とは、この「つぎからつぎへと燃やすべし」ということのみである。 何も書かないことを書くということ。「つぎからつぎへと燃やすべし」と書かれた紙を燃やすということのみが、今我々が描きえること、それが、この世界の描写可能な姿であり、可能性であるとでもいうのだろうか。 常に想定しなくてはならないこと。可能性は可能性としてさまざまな主体によって思考されるゆえに可能性として存在する。そのことによって、世界は無限の姿を示す。そして、これから書かれることは、すでに書かれたものとして存在すること。燃やすことによって生じる灰、それ自体が反復行為の所産。 だが、灰以外のなにものでもないということ、これ以上燃やされえないということ、義務という反復への回収が不能であるという、そのことが次への希望。 ニーチェ曰く「われわれの世界の全体は、無数の生き物の灰である。そして生物が全体に対してどれほどわずかなものであろうとも、それでもやはりかつて一度は、すべてが生へと転じられたのであり、そのようにしてあり続けるだろう、ということに変わりはない。」 まずはこの「つぎからつぎへと燃やすべし」という行為に加担すること。そして、そこに中断と空白を導くこと。それだけでも世界の可能性は拡大するやもしれぬ。すくなくとも、それは、何も書かないことを書く、何も書けないことをつまびらかにすることを書く以上に、書くことの希望にほかならない。 ということを次の本を読みながらざっと考えました。もう2年前のことですが。 では自戒、自戒、自戒、灰になるまで。 火ここになき灰 ジャック デリダ (著), 梅木 達郎 (翻訳)]]></description>
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		<title>埴谷雄高インタヴュー</title>
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		<pubDate>Fri, 20 Feb 2009 12:22:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kodo</dc:creator>
				<category><![CDATA[日本文学]]></category>
		<category><![CDATA[本]]></category>

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		<description><![CDATA[先日、近所のYさんと晩飯を食いながら話しているうちに、埴谷雄高の「死霊」の朗読が９０年代半ば（ということはまだ死去前か）にNHKのラジオで放送されていたらしいという話になった。それで、今日の午後中、実際にポッドキャストとして配信されていないかと色々調べてみたのだけれど、ちょっと見つからない。ご存知の方、情報乞。 そのかわりではないけれど、同じくNHKで90年代半ばに埴谷雄高本人とのインタビューと俳優の蟹江敬三の朗読など構成された５回におよぶETV特集がyoutubeにアップされているのを発見。もう延々と続く埴谷の独白と蟹江の朗読はただ流しっぱなしにしてもよい。ところどころに挿入されるペルトのオルガンがよい。 では、お楽しみあれ。また自戒。 埴谷雄高　「死霊」1/2/3　講談社学芸文庫 読んだけれど斜め読みだったのでもう一度よもうかな。]]></description>
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