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	<title>Lügenlernen &#187; 別世界大阪大探検</title>
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	<description>人間万事塞翁が馬</description>
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		<title>FAUTE DES FLEURS「花々の過失」</title>
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		<pubDate>Thu, 07 Jan 2010 13:42:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kodo</dc:creator>
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		<category><![CDATA[digital culture]]></category>
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		<description><![CDATA[LA FAUTE DES FLEURS (outtakes serie) &#8211; &#8216;pistol&#8217; (beta version) from vincent moon / temporary areas on Vimeo. この人の音楽もだが、久々に言葉で表現できるかできないぎりぎりかの情念のようなものをこの映像から感じた。世界を射抜くような震撼させるような視線、これは多分映像や写真にしかないものの力なんだろうか。僭越ながら、小生はこのミュージシャン、友川かずきのことも全くしらなんだ。 このドキュメントは大阪のミナミで撮影されたのだが、特に小生が敗北を繰り返し続けた場所、山王、飛田といえばどこかおわかり。 昨日も、友人３人と飛田をぶらぶら。その時にそのうちの一人の友人から紹介されたのがこのドキュメンタリー映画。以下トレイラーを三つ。 これでもトレイラー。小生自体はまだまだ自戒が足りませぬ。ではまた。 Produced by Naohito Koike Filmed and edited by Vincent Moon Sounds by Teresa Eggers Mix by Gaspar Claus Shot in Osaka, Japan, february 2009 Kazuki Tomokawa &#8211; A Take Away Show #98 &#8211; [...]]]></description>
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		<title>不可思議天国大坂再訪記。</title>
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		<pubDate>Mon, 04 Jan 2010 14:21:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kodo</dc:creator>
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		<category><![CDATA[別世界大阪大探検]]></category>
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		<description><![CDATA[大坂はどこか一本線がぬけているところではない。 ほぼ2年ぶりに道頓堀へ帰還を果たした。夕食後、道頓堀を歩きながら松竹座の建物をみあげ、なかなかおくゆかしき哉、とおもえば、背後で物付きのフランス人観光客がぱしゃぱしゃ写真をとっている。背後を振り返れば、その向かいの建物の軒の上ではなんと見たこともないほど巨大なタコさんがうねうね踊り狂ってる。小生は狼狽するどころではすまないほど唖然としつつも、ついに大坂に帰還した、ここはワルシャワのプラガでも、イスタンブールのバザールでもないわ、と心のなかでまず大坂帰還祝う。 しかし下の看板はなぜ片仮名なのでしょう？ なぜひらがな？ しかし、ベルリンに移ってからまもなく７年になるが、毎日兄貴相手にクロイツベルク、ノイケルン、ヴェディンクでもまれているのにもかかわらず、大坂では、お好み焼き屋のおばはんにさえ、心底口答えさえもできる気がしない。たとえば下の写真はあきらかに大坂での小生の敗北の歴史を物語っている。大坂のお好み屋はちっとも甘くないのである、実際は。 小生が８歳のおり、ドロップキックをかましたくなった、あのくいだおれ人形ももはや道頓堀商店街には影も形もなくなり、ついに小生におそれをなして逃げ出したか、ついに小生の時代が訪れたわ、おほほほ、と心の中でにやけながら、くいだおれの建物をロトチェンコもかくや斜め７５度異化するかのごとくに上をみあげれば、とうていドロップキックもどどきえないはるかな高見の上からくいだおれ親父があいもかわらず太鼓をたたきながら小生を嘲笑している。 こうして、またしても一敗地にまみれてしまうという屈辱を味遭わされた小生であったが、そんなにきさまはカーネルおじさんと一緒に道頓堀にたたきこまれるのが怖いのか、あんな高いところににげやがってと、負けず嫌いを言い訳に、高見から小生を愚弄するくいだおれ人間を鼻で笑うことにしたのであったが、小生の再度の敗北は明らかであった。（注；阪神タイガーズの21年ぶりのリーグ優勝が決まった1985年10月16日、大阪市の繁華街ミナミを流れる道頓堀川では熱狂的なタイガースファンが優勝を祝って夜中にもかかわらず戎橋の橋梁から飛び込む姿が相次いだ。 さらに、ケンタッキーフライドチキンの創始者カーネル・サンダース像をこの年のMVP・バースに見立て胴上げして道頓堀川に投げ込む事件もあった。これにちなみ、その後の低迷を「カーネル・サンダースの呪い」などと呼ぶ冗談が一部のファンの間で流行し、『探偵!ナイトスクープ』で取り上げたことがきっかけとなり、都市伝説として定着した。wikipediaより。） このカフェは危険らしい。 なにかとおもしろい体験を今回もしたのだが、例えば日本橋のデンデンタウンの横丁にある摩訶不思議なアニソン喫茶。メイドもおるゆえ、メイドカフェなのだが、アニソンをうたってくれるという、小生の高校時代の悪友の一押しの店だとのことで同伴したのだが、やはり、おるのは大坂の女子であった。歌もなぜかみなうまかった。 いうまでもなくくいだおれと大坂は永久に不滅であります。 大阪におる人是非近いうちにジャンジャンやりにいきませぬ。小生もただ今空いてまっせ。ベルリンに帰ったらAudimaxと論文の日々が再開するので遊びたいのです、今は。 ほんなら又自戒。 PS: 小生的大坂冒険地図は次のリンクから。]]></description>
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		<title>別世界大阪大探検: Entry</title>
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		<pubDate>Thu, 05 Nov 2009 02:59:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kodo</dc:creator>
				<category><![CDATA[別世界大阪大探検]]></category>

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		<description><![CDATA[大阪のどこか。 From Osaka is really deep. 前回ブカレストの路上で撮った写真をみながら、大阪の天王寺の南あたりでみた風景について言及したけれど、大阪には、中心部のキタやミナミの盛り場やターミナル駅周辺をちょっとはずれたりすると、東京周辺や京都や神戸でもあまりみかけなくなったような古式騒然とした、いわば、今の感覚からすると、まだ昭和の半ばぐらいに見えたりする都市の風景が突如として目の前にひろがってきたりする。 この上の写真を撮ったのは、天王寺を出た阪堺軌道線が路面にでるあたり、駅でいうと北畠の近くなんだが（近くに南北朝の乱の初期の南朝方の主力であった北畠顕家の墓がある）、ちょっとあまり普通に大阪以外から大阪に遊びにきたりする人にはなかなか縁がない場所だろう。実際、小生も、今年のそれまで、環状線の南側には実際ほとんどいったことがなかった。 世間的には、大阪のミナミの奥深い所に「新世界」あり、ということになっているのだが、その「新世界」も、最近は名物の串揚げを食べに来たりするカップルなどで年中にぎわっているし、かつてを知る人間にとっては、行きやすくなったどころか、かなり普通になった感があったりして、小生も年始に高校時代の悪友と大阪で会ったりすると、必ずそのあたりで串揚げを食べながら一杯やっていく。それでも、「新世界」の界隈にはいまだもはや重文指定してもいいぐらいのこんな看板、かと思えば、突然フグや七福神のどでかい看板が目の前でキラキラ輝いていたり目の上をぶらぶらゆれていたりと（数年前ドイツ人の友人のSを「新世界」につれていったら、シュールだ、わけがわからなすぎる、とやつはずっと笑いっぱなしだった）、やはり、大阪の外から来る人間にとっては、また間違いなく「別世界」にしか見えないような不可思議な世界が広がっていたりするのである。 小生のこの「別世界」との遭遇はやはり、今はなきあの道頓堀の「くいだおれ」の前にあった人形以外にありえないが、あれを横浜から関西に移って来たばかりの小学校3年生当時の小生がそれを初めて目の当たりにしたとき、あまりにリアルでそのおバカな顔と姿になぜか無性に頭に血が上って来て、おもわず飛び蹴りをくらわせたくなったほどである（真）。なぜかそのクイダオレ人形は阪神タイガーズの帽子をかぶっていて、それがその当時の小生には、ことさら気にさわったようなのであるが、その当時、同級生やもとい子供大人関わり無くまわりすべてが阪神タイガーズのファンだったのが気に食わず、なぜか当時からすでに万年Bクラスであった大洋ホエールズであったり、阪神タイガーズの大ファンの同級生の前で、巨人びいきを公言したりして同級生から袋だたきにあったりもしていたが、なによりも、当時おそらく小生の通っていた小学校（甲子園球場から徒歩１５分！）全校生徒1200人の中でもおそらく小生だけがしっていたいっても過言ではない、欧州一を極めたばかりのファン・バステンらがひきいていた当時のオラニェことサッカー・オランダ代表にうつつをぬかしていた、その時点で、すでにへそ曲がりを極めていた反時代的小学3年生の小生ならば当然のことであった。 しかし、なぜだろう、「別世界」なんていうのは（大阪の動物園前周辺はちょっと「別世界」な雰囲気はあるけれど）、ただ単なるなる無知から発した偏見なんだろうことには、間違いないのはわかってはいても、それが大阪の現実の一つであるには違いない。人はそこに雑多でネガティヴなイメージを付与しがちなのだけれど、そこにこそ、誰もがみないような緊張の源であり、その緊張の源泉である文化的な混在感（大阪にはいうまでもなく日本最大の韓国／朝鮮人のコミュニティがある）にこそ、実に大阪的なハートがあったりしたりもするのである。その点では大阪にはべルリンでいうとクロイツベルクやノイケルンに近いエレメントが盛りたくさんのであるといってしまいたいが、大阪は街全体がクロイツベルクやノイケルン、あるいはヴェディンク、いやそれ以上と言ってもしまっても過言ではコンテンツにあふれている。いってしまえば、べルリンではクロイツベルクやノイケルン、もといヴェディンクにいかねばならぬのである。ベルリナーでも大阪人の相手にならぬ。それぐらい大阪は、一言でいうとぶっとびまくっている、すなわち、ドイツ語、でいうとabgefahrenな、もしくは、durchgeknallt以上の街なのである。 ともかく、大阪をじっくりくまなく歩き機会がこれまでなさすぎたのも事実である。まあ、ぶっちゃけいったことのないところばかりなのだ。なにもしらないわけである。 いやいや。一度ある。というよりも一度行こうとしたのだが、見事返り討ちにあってしまったことだが。 あれは確か2003年春、小生がべルリンに渡る前のことであった。 あの時、小生は高校時代の悪友たちとミナミでジャンジャンしながら、通天閣に、うわ、だっさ、とかと悪態をつきながら、途上でピンボール蹴ったくり、将棋をさすおっさんたちのいる、いまから思うとべルリンはクロイツベルクやノイケルンで真っ昼間からトルコ麻雀に興じる兄貴や親父たちもかくやの風景なのだが、その横丁をひた歩き、いつのまにかジャンジャン横丁のアーケード街もつい果て、ついに環状線のガードまでゆきついてしまったのである。これは、しかし、ただの線路下のガードではない。そのガードの向こうはいわば、あの「別世界」なのである。そこまで、一緒にジャンジャンしていて友人たちも一斉に尻込みしはじめたのはいうまでもない。しかし、小生はこわものしらずなにもしらずで、ははん、俺はこれからべルリンにいくんじゃあ、クロイツベルクじゃ、コッティ(もちろんべルリンはコトブス門Kottbusser Torのこと)じゃあ、こわいもんなんぞ、あるかあ、うははは、とばかり一人でずんずんずんずん、ガードをくぐっていく。一緒に来ていた友人たちは、後ろをこわいもんみたさ半分にこそっとついてくるばかりである。そして、ガードをぬけた小生の前に視界がひらけると、右には巨大なパチンコ屋、左には名物のジャンジャンする人々が群れをなしていたのである。 ちょっともの慣れぬ光景をみて、ほう、とばかり小生がふと左右をみまわすべく足をとめ、後ろにいる友達を振り返ろうとした瞬間、突如右のパチンコ屋から、毛糸の帽子をかぶったおばはんが小生らの方めがけて鉄砲玉のごとくとびててくるのが視界に入った。すぐ後ろを歩いて来た小生の友人の一人と小生が、うわあ、なんやこのおばはん、と身構える間もなく、このおばはんは小生ら二人へこう問いかける。 なあ、なあ、兄ちゃんしっとるか？ 小生らは、ええ？なんや、このおばはんは？と顔をみまわせる。するとおばはんは、しれっ、とこういう。 ぱちんこやってももうからへんでえ。 そう言い終わる間もなく、おばはんはまた鉄砲玉のように、いつの間にか手元に引いていた後ろかごに山ほどガラクタをのせたママチャリにのって何処かへと去っていったのであった。 こうして鉄砲玉おばはんに人生の教訓を語られあっけなく抜け殻のように立ちすくむ小生たちは、かつて一世を風靡した世紀のクソゲー、たけしの挑戦状で、ヤクザの鉄砲玉あるいは道行くおばはんにあっけなくどつかれて、あっという間のお葬式、ゲームオーバーになってしまった主人公であった。 まさにこれである。 そうこの程度で驚いてはゲームオーバーなのである。実際、これ以上無い形で返り討ちにあってしまった小生は結局これ以上先にすすむこともなく、そのままこの日は、とぼとぼと再びに環状線の内側にもどっていったのであった。 小生たちが６年ん前鉄砲玉をくらった現場。 From Osaka is really deep. というわけで、今年の年初、人生の半分以上の時間を関西ですごしておきながら、大阪を、あの愛すべき大阪を全くしらないのもなんだろう、そして、これはあの鉄砲玉おばはんへのリベンジとクロイツベルクとノイケルンで兄貴相手にもまれた５年間の成果をみせんとき、とばかりに、今年の1月のお正月あけのとある日、京都からはるばる大阪までぶらぶら歩きにいってみることにしたのである。 というわけでまた自戒。シレジア話の後からRoute1からはじめていこうとおもってまする。では股。]]></description>
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