小生、人生初めてスリに会いました。よりによって愛すべきクロイツベルクはOranienstr.(多分)にて。
今年の年初に日本へ帰国中、デジタルボヘミアン必携の飛び道具ともいえるiPod touchを購入した。iPhoneではなくiPod touchを買ったというところが、小生なりのひねくれ具合を示すバロメーターのひとつなのだろうが、電話までアップルのロゴに頼る必要はないといまのところは思っている。通信料が高い。いまのところそれも相まって食指がのびない。大学と自宅と暗室のあるWerkstadtを行き来するのみの日々、しかもそこではネット接続が可能ということもあって、わざわざ電車や通りでネットに接続する必然性を全く感じない。それどころか、移動中ぐらいネットとそれに関わる多忙さから逃れたいと常々思っている。
とりあえず、iPod touchは便利。だったというべきか。仕事場などや行き先にネット接続が保障されている人にとっては、これほど便利なものはない。一時期小生のトレードマーク(と大学ではよばれていた)ともいえるMacBookを全く持ち歩かなかった時期をあったぐらいだからだ。iPod touch特有のタイピングにもすぐさま慣れる事のできた小生は、ブログやTwitterの書き込みもいつからかiPod touch経由で行うようになっていた。
ところが、5月1日。クロイツベルクでの恒例のメーデーでのドンパチ騒ぎのあとOraniennstr.を闊歩していた小生はそのiPod touchを盗難にあってしまった。スラレタというべきか。一瞬のことだった。 Read More
昨日、帰宅中丁度、道路清掃が小生の住んでいる界隈で行われている最中だった。冬の終わりの行事の一つ。道路の凍結防止剤をスコップで回収している音とその後を道路清掃の車が水を巻いている音を角の向こうから聴きながら、春が近いんだな、とようやく実感。それでも、夕方7時半ごろでもすでに氷点下はきっているさむさではあったけれど。
今年は雪が降りに降った。そして、寒かった。日中氷点下10度前後の日もなんどかあったほど。雪はとけず、年末からついこの間の2月の末までのベルリンはあたかも「氷河の中に閉じ込められた」と様々なマスコミが報じる程、ベルリンの道々は氷に覆われる日々が続いた。この一週間程の気温の上昇で、ようやく雪解け。 Read More
最近あまりトラムのM1にのらなくなった。けれど、昨日はお日様もみえていたので、家からMauerparkを通ってひさびさにKastanienalleまでぬけて、そこからHackescher MarktまでM1にのった。マイクをまわしたのはRosenthaler Platzから。最後のほうで"Das gibt's doch gar nicht!"(ありえんぞ、おんどれ!)って小生がきれているのは、トラムが停留所に停止しているにもかかわらず、扉が空くと同時に小生にたっていた扉の前を通過して急停車した車がいたからで、小生は左右をよく見ていたのと、このHackerscher Marktの電停の前ではそういうお馬鹿なお上りさん車がそういう交通ルール無視もとい停留所無視をするのはいつものことだったので(車はバーデン=ヴュルテンベルクからおこしのお上りさんが御運転)、ことなきを得たが、かなりのスピードでつっこんできたから危ないといえばかなり危なかった。隣の扉からおりたお姉ちゃんが、小生の背中の向こう側で、その車にきれてバンパーをバンバンたたいてきれていたが、その音はどうもひろっていなかった。残念。 Read More
昔日本にいるころ良く集音マイクとMDをもってよく東京都内津々浦々をサンプリングと証しながら色々音を集めてまわっていたのだけれど、そんなこともベルリンに来て以来、いつしかしなくなって久しい。最近、いつももって歩いていたフィルムカメラが二台とも壊れて、すでに2ヶ月くらいになるのだけれど、そんなわけで写真もとらなくなった。デジカメは相変わらず持ち歩いているのだが、当然のことながら満足のいく像はえられないし、最近はやたら動画をとることにしか使っていない。
とった動画の映像をみていると、(いうまでもなくデジカメの動画機能でとったものだから像の質は当然のことながらよくはない)、意外や意外、録音された音の方にこそむしろ関心がゆく。人間の目とカメラとの関係同様、人間の耳とはまた別の音をカメラは録ったりもする。そしてその録った音からその音が録れれた場所の像をイメージする、そして、ロゴスから出力する、という作業を今、バルカンでとったビデオを見ながら行っている最中なのだけれど、それを突然ベルリンでもやってみたくなった。 Read More
カメラのない旅は気楽だと思う。10年以上にわたって写真を全く撮らなかった。その間に世界中それほどでもないけれど、色々いった。足をとめるとような対象があれば、それを穴があくまでみてやろうとする。そして、気がすめばゆく。気がすまなければ、そのままずっと気がすむまでいればいい。カメラがあると、どうもそこまで対象をみてやろうという気がマックスでそのカメラがないときと比べても半分ぐらいなような気がする。それでもいいだろう。カメラの目と小生たち人間の目は根本的に作りが違う。そのカメラの目にゆだねてみるのも一つの方法だろう。でも、小生はそれに我慢がならなかった。我、写真を信ゼズ、と。 Read More
ひさびさです。Twitterなどでフォローしていただいてる方には、すでに周知のことでしょうが、フンボルト大のAudimaxを占拠していた学生は1月31日付けでAudimaxを自主退去、代わりに大学当局によって提供されたかつての中央校舎にあって現在改装待ちの旧南食堂Mensa-Südに今回のプロテストの拠点をうつしています。そして、小生自身は1月中旬にベルリンに帰還後、占拠運動からは完全に身を引いております。今回アップする記事は今年の1月の頭頃に書いたもので、前回予告したものと整合性がないのですが、とりあえず小生が言いたくてうずうずしていた事と本音がかきつづられてあるので、今日アップします。 Read More
エリート化による負の側面。
「エリートなんていらない」
大学のエリート化。Exzellenzinitiativeとドイツ語でいうが、内容的には、日本の国立大学が独立法人化される際に導入された21世紀COEプログラムとだいたい同じようなものと考えていただければよい。 Read More
ボローニャプロセスと教育「改悪」
ウィーンでのボローニャプロセス反対デモの模様。
ドイツの大学制度の変化にとっては、99年にヨーロッパの教育担当大臣たちによって合意されたヨーロッパ全体でのひとつの教育システムの構築をめざしたボローニャプロセスというものが決定打となった。たとえば、EU域内での各国の大学との間での単位互換、そうすることによって、学生や研究者の交換や行き来などを流動的にすすめようとしたこと、つまり国単位での教育システムではなかなかスムーズにいかなかったものを、ヨーロッパ全体でおこなおうとしようとしたボローニャプロセスの理念は表面的には、合理的かもしれない。 Read More
ドイツの教育システム。
昨年6月のデモにて。ベルリン・フンボルト大学前にて。その他写真はここから。
昨日の続きについて入る前に、今日は先日から論議の俎上に登っているドイツの教育システムとその変化、そして、その原因となったボローニャプロセスについて、小生なりの見解をまぜながらおさらいしておきたい。
ドイツ語で学問や勉学(特に大学での)のことをBildungというが、これは「自らを形づくる」という風にも解釈できる通り、ドイツの大学システムはつい先だっての教育「改悪」に至るまでは、専攻の選択や変更、専攻内の科目の履修などもふくめて、卒業にいたるまでの道筋を100%自分自身でつけること、自分で勉強したい内容、科目などを選択することがもっぱら重視されてきた。人文系ではMagister、そして理系ではDiplomと、これは長年ドイツが誇る教育水準の高さの象徴ともいえた学位であった。 Read More
占拠開始直後のHU Audimax, 12.11.2009
今小生たちが占拠しているこのフンボルト大学のAudimaxは数あるフンボルト大学の大講義室の中でも最大の規模を誇るものの一つ。もともと、中心部にあるという大学の立地条件もあり、この大学ではゼミ室や講義室の不足などは慢性的なものになっている。このAudimaxは特に法学部や経済学部の講義などに使われているのだが、その学部の学生からは大きな不満もでている。というのは、必修科目の講義ではこの空間はかならず廊下に座る学生や立ち見がでるほどあふれかえるからだ。
実際、この占拠されているAudimaxは規模の面からして換えがきかないということもあって、それに変わる場所はフンボルト大学の本校舎周辺の中央キャンパスにはない。 Read More