占拠開始直後のHU Audimax, 12.11.2009
今小生たちが占拠しているこのフンボルト大学のAudimaxは数あるフンボルト大学の大講義室の中でも最大の規模を誇るものの一つ。もともと、中心部にあるという大学の立地条件もあり、この大学ではゼミ室や講義室の不足などは慢性的なものになっている。このAudimaxは特に法学部や経済学部の講義などに使われているのだが、その学部の学生からは大きな不満もでている。というのは、必修科目の講義ではこの空間はかならず廊下に座る学生や立ち見がでるほどあふれかえるからだ。
実際、この占拠されているAudimaxは規模の面からして換えがきかないということもあって、それに変わる場所はフンボルト大学の本校舎周辺の中央キャンパスにはない。もちろん、それによって、今回のデモやプロテストの目的を公にすることが、この占拠であり一連のストライキの目的なのであるが、プロテストそのものに関心をもたないだけでなく、政治的に中立であることを標榜したり(そこにAudimaxでの占拠にかかわらない人たちの偏見があるのだが、政治的信条は参加者によってまちまちであることはいうまでもない、もちろん、いわゆる世間的にいわれる「左翼的な」学生が多数いることは間違いないとしても)、また占拠自体に賛成できないという理由で、プロテストそれ自体を拒否したりする学生も多数いる。小生の印象では、パンク的スタイルをとる学生が多いこと、それに体してアレルギー的拒否反応を示す学生も多いような気がする。もっともそれは表面的なものなのにもかかわらずだが。
個人的な政治的信条もとい教育システムにたいする考え方も様々であるが、なによりも小生がよく耳にするプロテストに参加しない理由の大多数は「時間がない」である。
現行システムの中では、真面目な学生には本当に「時間はない」。だから、この「時間がない」は本心にしろ、タダの言い訳にしろ、当たり前だが学生個人にはそれぞれの生活があるわけで、そのことにいうべきことは特にない。しかし、この本心からいわれた「時間がない」ことの原因にメスをいれることが、このプロテストの最大の目的であることはいうまでもないし、このプロテストの参加者が、「ない」はずの時間を削ってまで大学の一部を占拠し、そこからメッセージを外部に発信しようとすることの理由の一つなのだ。
「時間がない」がないのには様々な理由があるだろう。大学での勉強に平行して働かねばならない、家族や子供の面倒をみなくてはならない(いうまでもなくシングルマザーの学生も多い)などなど。しかし、このことは、国が勉学にいそしむ学生を援助することで解決できる部分もある。いわば、福祉や政治の機能不全によるあおり。これは今にはじまった話ではない。
しかし、「時間がない」ということの言い訳の最大の理由。占拠やデモといった、なぜ学生の一部が占拠という手段にうってでるという政治的な行動そのものに興味がないこと。そして、デモや政治活動そのものが、格好良くない、クールでない、などイメージの問題。これも今にはじまった話ではない。
今のヨーロッパ全体でのネオリベラリズム的傾向によるSozialabbau(社会保障制度のなし崩し)、特にドイツでは、昨年9月の総選挙後、与党のUnion/FDPのもとでその傾向が大加速しつつある。今、FDP主導ですすめられている、もちろん、国民や外国人の大多数には受ける恩恵などゼロに等しい減税措置などは、このドイツの社会福祉国家としての建前をなし崩しかねない、そのことに気がついてないという現実疎外もしくは現実逃避。それも今に始まった話ではない。
占拠がはじまった日の当日あれほどの高揚感につつまれたAudimaxも2週間もたたないうちに、人気がなくなっていくことはとどの頭から避けられない話であったわけだ。4、5週目の週末には10人にもみたない学生がAudimaxで寝泊まりをしていたぐらい。クリスマスパーティーにいたのは25人。マスコミや大学当局にしてみれば、この占拠も要するに始めから「時間の問題」であったわけなのだ。それでも、その予想に反して、クリスマス/大晦日越えをやってのけたこと自体は評価に値するだろう。しかし、それで今の大学や教育の現場をとりまく状況すべてが変わるわけではない。
だからこそ、マスコミが報じるようなドイツでの学生による「プロテスト文化」なるものの復活は、実際、毎日Audimaxにいる人間からすると空しく響く。それでも、小生のような、無党派であるだけでなく、無頼派で一匹狼を自称していた人間であり外国人が、こうした占拠運動もとい世間的には学生運動とよばれるものに参加すること自体が、ある種の変化なのかもしれない。けれど、小生の中では特段自分の中で変化があったとは思わないし、最初11月11日の占拠の最初の日の総会も親しい友人がいくから一緒についていった、という類のものでしかなかった。
今年最初の課題はなによりも、この無党派、そうじて日本ではもはやそれ自体が死語も死語でもある「ノンポリ」層をこの占拠運動へとどう取り込んでいくか。現在千載一隅のチャンスであるということをいかに共通の理解にしていくか。まずはこの課題からとりくんでいくことで、ともあれAudimaxの中は一致している。さて。
自戒さらに続きます。では明日。

